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Text: 宇佐見 祥子
このレポートは、アサヒ・アート・フェスティバル(以下、AAF)の交流支援プログラムで訪れた香川県の「てしまのまど」と「飛生アートコミュニティー」の事例を比較分析したものです。
[企画名]北海道から瀬戸内へ!小さな田舎間交流
[実施日]2013年10月11日(金)~12日(土)
[招聘者]てしまのまど【香川】
[訪問者]宇佐見祥子(飛生アートコミュニティー【北海道】)
[タイムテーブル]
10月11日(金)
17:00~ 豊島上映会 昔の写真の上映会
18:30〜 『地域を変えるソフトパワー』刊行記念全国縦断トークツアー
「暮らすことと地域」加藤種男、オクムラユッコ、坂口祐、森美樹
10月12日(金)
11:00〜 「瀬戸内国際芸術祭」見学
17:00〜 畑仕事のお手伝い、集落を散歩
19:00〜 秋祭りの練習見学
瀬戸内海に浮かぶ豊島は、周囲20kmあまりの小さな島だ。離島振興法の対策実施地域に指定され、島嶼部の普遍的な課題ともいえる少子高齢化が進んだ地域である。平成22年の国勢調査によると、人口2,000人に満たない島の高齢化率は43.8%にのぼり、20歳未満の人口は10.2%に留まっている。アーティストの安岐理加さんは「てしまのまど」という任意団体を立ち上げ、2012年から“民俗学的フィールドワーク”によって島の記憶をデジタルデータ化し保存する活動を始めている。さらに今年から家浦集落へと本格的に移り住み、父親の実家を改装して「てしまのまど」の拠点となるスペースを開いた。
一方、私が参加している「飛生アートコミュニティー」の拠点は、北海道白老町の廃校だ。旧飛生小学校は、太平洋戦争終結後に政府が策定した「緊急開拓事業実施要領」に則り、東京などから入植した開拓団のこどもたちのために創設された。しかし、農地に向かない土壌や農業経験の乏しさから開拓団の多くは離農し、1986年には児童数の減少を理由に廃校となった。飛生地区を含む字竹浦の人口はおよそ2,300人。高齢化率は白老町全体の34.1%よりも10%近く高い43.2%と、豊島と近似した数値になっている。
「飛生アートコミュニティー」は、閉校直後の1986年4月から、校舎を共同アトリエとして活用し創作活動を行っている。また、へき地校ならではともいえる、校舎に隣接した数軒の教員住宅をアーティストの住まいとして活用している。近年は、生活者として地域との関わりを深めてきた若手アーティストが中心となり、地域に潜在する資源や歴史を掘り起こし表現に発展させていくアートプロジェクトを継続しながら、「飛生芸術祭」などのイベントを通じて地域内外に広く発信している。
「てしまのまど」と「飛生アートコミュニティー」には、「地域住民の高齢化」、「拠点」、「自発的な地域との関わり」、「アーティストの居住」といった共通項がある。類似するプロジェクトが少ない当事者としては、AAFで出会った「てしまのまど」の動向が非常に気になった。しかし、瀬戸内海の島と北海道のへき地では、地理や文化の差異が大きいだろう。そこで今回、交流支援プログラムを活用して「てしまのまど」を訪れ、豊島の暮らしを体感しながら「てしまのまど」と「飛生アートコミュニティー」の共通点や相違点をあぶりだし、今後に役立つヒントや課題を持ち帰りたいと考えた。
10月11日の夜明け前、ジャンパーのファスナーを首もとまで上げて札幌の自宅を出発した私は、夕方の船便でようやく家浦港に上陸した。海風の心地よさを感じていると、白い半袖のブラウスを着た安岐さんがマウンテンバイクで現れた。前日の10日にお披露目されたばかりの「てしまのまど」のスペースは、横尾忠則氏の美術館「豊島横尾館」から真っすぐ歩いて1分の場所にある。「瀬戸内国際芸術祭」の会期中である上に、この日はちょうど三連休の直前にあたり、ガイドブックを片手に集落を巡る観光客が目立っていた。とある近所の女性は、「豊島横尾館」から見えやすい位置に看板を掲げて、お客さんをもっと呼び込んでみてはどうかと提案してきた。安岐さんは「うーん」と考えあぐねている様子だった。
「てしまのまど」の拠点は、褪せた灰色のトタンで囲まれた無骨な外観とはうらはらに、古い民具や木の家具で調えられた落ち着いた空間だった。安岐さん自ら、友人知人の手を借りながら、時には台風と闘いながら、ハードな改装作業を行ったのだそうだ。安岐さんは食品衛生責任者の資格を取り、ここで生活する傍ら、観光客に淹れたてのコーヒーや手づくりの食事を提供している。とはいえ、目的は飲食店の経営ではなく、飽くまで “装置”として、このスペースを介して人々との対話を得ることにあるという。
古めかしい生活道具や棚に並んだ民俗学やアートの本を眺めていると、加藤種男さんをはじめとするゲストたちが合流し、この日のイベントがはじまった。安岐さんが住民に声をかけて集めた豊島の古い写真が、「祭り」、「結婚式」、「集合写真」などのカテゴリごとに映し出される。その場に居合わせた住民たちが、自由気ままに解説を入れていく。「忙しいから10分だけ」と渋っていた86歳のおじいさんも、懐かしい写真の数々に思い出話が止まらず、結局30分以上は立ったまま喋っていた。その後も、入れ替わり立ち替わりに住民が訪れては、「そやそやそや!これ○○ちゃんや」「あの人、きれかったなー」などと盛り上がる。「船の浸水式の時にはどこにお参りにいくのか」、「ここに見える見慣れない建物はなにか」といった疑問も、複数の住民に尋ねることで明らかになっていく。多様な住民が集まるほどに記憶が凝縮され、生きた情報として蘇っていく場面だった。
実は、「飛生アートコミュニティー」でも今年の新たな試みとして、古い写真を使った「タイムトンネル」という展示を行った。町内会の人々は、懐かしい顔を見つけては互いに見せ合い大はしゃぎだった。お年寄りのハイテンションはそうそう見られるものではないので、こちらもつい嬉しくて満面の笑みになってしまう。長年暮らしている住民ならば、昔の写真を見ようと思えばいつでも手にできる環境にあるはずだが、敢えて「写真を集めて共有しよう!」などとは思わないのだろう。やはり、安岐さんや私たちが住民とは世代の違う「若者」であり、「よそ者」の視点を持っているからこそ、地域の歴史や記憶に重要性や面白みを感じて、積極的に掘り起こそうとするのだろう。
写真の上映会に続いては、『地域を変えるソフトパワー』刊行記念全国縦断トークツアー2013のトークイベントが始まった。「暮らすことと地域」をテーマに、瀬戸内海エリアに軸足を置いて活動する3人がプレゼンテーションを行った。このうち2人は私と同じ30代前半だが、地域と真摯に掛け合い、移住促進や地域情報の発信といった活動を着実に実践している。彼等の爽やかさとタフネスを兼ね備えたエネルギーに、すっかり刺激を受けた。非常に充実した会の最後に、加藤さんが「一つだけ言いたい」と添えた言葉がある。この高齢化社会においては、「お年寄りをどうやって元気づけるか、生きがいを見つけてもらえるかを考えなければならない」、そのためには、「若い人だけの意見」でやるのではなく、お年寄りと「対等のパートナー」になってほしいというメッセージだった。
安岐さんは前日、写真の上映会をたくさんの住民に伝えたにも関わらず、思っていたほど来てもらえなかったという。「飛生芸術祭」の場合も同様で、回覧板でチラシを回し、招待状まで渡しても、ほとんどの人が来てくれなかったのである。しかし、「調理器具を借りたい」、「重機を出してほしい」というニーズを投げかけると、面倒なことでも前向きに対応してくれる。客観的に考えれば、両手を広げて“待っています”と構えられるのと「あなた」に「これ」を「お願いしたい」と来られるのでは、どちらが動きやすいかは年齢を問わず一目瞭然だ。私たちは、お年寄りに対して一方的な見方をしていたのかもしれない。残念ながら、私は参加できなかったのだが、写真の上映会の前に行われた産業廃棄物処理施設の視察では、地元のお年寄りが案内役を担当していたという。加藤さんは、ネガティブな話を伝える役目であっても、その役割を担っていることがお年寄りのポジティブな意欲につながっていると話していた。
地元の食材をふんだんに使った料理を参加者全員で食べ終えると、島本来の静かな夜がはじまった。私たちは窓を閉め、声をひそめて話をした。家浦集落は家と家とが肩を寄せあうように並んでいて、細い路地が家々を繋いでいる。一方、「飛生アートコミュニティー」の周辺には集落と呼べるほどの住宅密集地はなく、一軒一軒が孤立している。家同士の距離が数百メートル離れていることも珍しくない。広い道路を走るのは採石場の大型トラックか野生動物ばかりで、万一歩行者がいたら驚きである。Googleマップの航空写真で見比べても、同じ縮尺には見えないほど、まちのつくりそのものが違う。また、家のつくりも異なる。家浦集落の家々のほとんどは狭い道に面してすぐに軒先があり、通り過ぎるだけで生活音が聞こえてくる。温暖な地域ゆえに、建物の構造もオープンになっているのだろう。飛生地区の場合は、まず玄関までに長いアプローチがあり、住居は防寒のために気密性が高い。訪問する用事がなければ、中の様子を伺うことなどできないのである。
「てしまのまど」がゆるやかに地域に開けるのには、こうした立地条件もあるのだろう。何も言わずに通り過ぎる住民も、「てしまのまど」が“何かをしている”ということを“なんとなく”知りうるのである。おまけに、近年は「瀬戸内国際芸術祭」を目当てにたくさんの旅行者が訪れる。このあたりが、「飛生アートコミュニティー」との決定的な違いだ。
12日の朝、島内を周遊するための電動自転車を借りに港へ向かった。近づくにつれ、それまでののんびりした気分がかき消されていった。フェリー乗り場付近の数十台の電動自転車は、溢れるほどの観光客に借り出され、瞬く間に消えてしまった。他のレンタサイクル店もすでに空車待ちの状態だった。その後、宿のご主人からごく標準的な自転車を借り、急勾配の道のりを汗だくになりながら越えて「豊島美術館」に辿り着いたが、入り口で渡された整理券には3時間後の入場時間が記されていた。さすがに時間を持て余した私は、一旦「てしまのまど」へ戻った。
観光客らしきお客さんが二組いて、安岐さんと話をしていた。港に押し寄せる人の波や慌ただしさとは一線を画す、ゆったりとした空気が流れていた。島の日常を醸し出すような空間を生み出している「てしまのまど」だが、今年のテーマはずばり「観光」である。観光の語源と言われる『易経』の「国の光を観る。用て王に賓たるに利し」の一節を用いて、「暮らしの光を観る」ことに焦点を当てている。大学院で観光を専攻していた私にとっては馴染み深いキーワードなのだが、観光地は一般的に、質的データよりも入込客数や経済効果などの量的データで評価される場合がほとんどだろう。2010年に行われた最初の「瀬戸内国際芸術祭」は、105日間の会期中に目標の3倍を上回る約93万8千人を動員し、注目を集めた。
多くの観光客にとって、「瀬戸内国際芸術祭」が豊島を訪れるきっかけとなっているのは間違いない。群衆に漂う非日常の高揚感が、一人一人の期待をより一層膨らませているようにも見える。一方で、ふらりと路地に入れば、人々の暮らしの気配を感じることができる。住民とのやりとりやハプニングもあるかもしれない。この道すがらの出来事こそが、『易経』でいう「観光」体験なのだろう。「てしまのまど」のスペースは、大げさな宣伝をしているわけではないが、開かれた空間だ。たまたま通り過ぎようとした観光客を無理のない範囲で招き入れる。安岐さんは「入ってくる人はすんなり入ってくるし、気になっていても入らない人は入らない」と淡々と語っていた。背伸びをしない等身大の「てしまのまど」は、文字通り、豊島の暮らしを観せるひとつの“窓”になっていると感じた。
19時頃、ビデオカメラを担いだ安岐さんについて島で唯一の小学校へ向かった。秋祭りが近づくと毎夜のこと響き渡る太鼓の音は、ここから発せられているという。学校の敷地内にある古い倉庫のような建物で、真剣にバチを握るこどもたちと、彼らを手ほどきする大人たち。中心には、昨日「てしまのまど」にいた86歳のおじいさんの真剣な眼差しがあった。祭りの主役となる小学生とその親、そして地域の“長老”たち。人々が世代を超えて一つのことに取り組む光景。文化を継承するとは、世代をつないでいくことなのだと、まざまざと見せつけられた。
一方で、戦後開拓団に支えられてきた飛生地区には、豊島の祭りのように脈々と受け継がれる伝統文化がない。なけなしのコンテンツである馬頭観音の慰霊や地域総出の運動会をひっくるめて、二日間に渡る祭りとして継続させてきた。とりわけ、離れて暮らすこどもや孫が集合して非日常の賑わいを見せるのが二日目の運動会だったのだが、2011年を最後にその後は開催されていない。運営する町内会の高齢化が原因である。
こうした地域の現状があるからこそ、「飛生アートコミュニティー」が毎年開催している「飛生芸術祭」は、地域外の人々を呼び込む切り札になっているともいえる。観光地でもなく、地域住民の人通りすらない飛生地区に人々を呼び寄せるには、何かを仕掛けるほかないのである。
今回、地域住民の高齢化という共通の課題を抱えた豊島を訪れて、お年寄りの意欲を引き出すためのヒントが得られた。しかしそれ以上に、地理や文化、観光面での違いから、「飛生芸術祭」を行う意義が見えてきた。「飛生アートコミュニティー」が行っているプロジェクトは、小さな運営体制にとっては負担が大きく、規模感の是非はいつも議論の的になってきた。しかし、飛生という土地で人々を巻き込み、世の中へ発信していくには、この(多少の無理のある)規模が必要なのだろうと肯定できた。これこそが、交流支援プログラムを通じて得られた予期せぬ成果であった。
最後に、思いつきで動くマイペースな私を快く受け入れ、アットホームで幸せな時間を過ごさせて下さった安岐さんに、心から感謝いたします!
人口・年齢構成のデータ参照元
1)『平成22年国勢調査 小地域集計 37香川県 人口等基本集計に関する集計 3 年齢(5歳階級),男女別人口(総年齢,平均年齢及び外国人―特掲)-町丁・字等』総務省統計局ホームページ(http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001036644&cycode=0)
2)『平成22年国勢調査 小地域集計 01北海道 人口等基本集計に関する集計 3 年齢(5歳階級),男女別人口(総年齢,平均年齢及び外国人―特掲)-町丁・字等』総務省統計局ホームページ(http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001034992&cycode=0)